2021/10/18 所作の差

先日、4~5年会っていなかった友人と久しぶりにご飯を食べた。その友人とは高校生の時に塾が同じだっただけの繋がりなのだが、ここまで何とか途切れることなく交友関係が続いている。数年に1回、向こうからふらっと連絡が来て、それに応じる形で地元でご飯を食べる。

彼は割と自分と正反対というか、自分にない要素だけを集めたような人間だ。女好きで、人と話すことに長けていて、物怖じすることがなくて、酒が好きで、酔うと喧嘩っ早くて、理数系にめっぽう強い。丁度、全部自分にない。まるで裏返しだ、と思う。こんなにも正反対でありながらも、別に反発し合うことはない。むしろ、真逆であるからこそお互い己に無い部分に対して敬意を表しているような空気感がある。言葉にはしないけれど、確かにそんな空気を感じる。まぁなければわざわざお互い会う約束はしない。

自分にはない彼の要素の中でも特筆すべきは、コミュニケーション能力だろう。相手の話を聴く力、というよりは場を支配する力が上手い気がする。突飛な行動をとっても違和感を与えさせにくい、謎の説得力。色々な人を惹きつける魅力が確かにあるなと話をしていて感じていた。

彼をぼんやり観察していて分かったことがある。所作の手数が多い。例えば、居酒屋の店員さんに何かを頼む際に、常人より多いコミュニケーションが入る。微妙なジェスチャーだったり、確認の質問だったり、気遣いの言葉だったり。自然な流れで会話のラリーが続いている。うーむ。流石。本当に自分と真逆だ。勿論、自分も店員さんが気持ちよく対応できるような配慮は心掛けているが、やっぱり何かが決定的に違う。歴然とした手数の差がある。その手数の多さが違和感に繋がりにくいのも不思議な魅力だ。仮に自分が彼と同じ所作を真似したところで、違和感しかないだろう。

よくこういったコミュニケーション上手な人の話術に目を向けてしまうのは、自分自身のコミュニケーション能力の低さに辟易しているから。良いコミュニケーションの模範例を前にすると目で追わずにはいられない。だがそもそもの生き方が全く違うので彼のコミュニケーション技術を「真似しよう」とは思えない。こういうのは輸血みたいなもので、型の違うものを無理やり取り入れようとした所で適合しないだろう。何でもかんでも糧にしようとするより、ひとまず違いを楽しむ位がちょうど良いのだと思う。

彼とはまたいつか会おうとだけ言って別れた。移住も検討しつつ海外に行くという話をしていたので、もしかしたら長らく会えないかもしれない。まあどこへ行っても達者で過ごしそうな奴だから何の心配もないけれど、次会う日までお元気で。